月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり。サドルの上に生涯を載せ、ハンドルを握って老いをむかふる者は、日々旅にして旅を栖とす。予も社会人になりし年より片雲の風にさそはれて漂泊の思ひ止まず、そんなわけで梅雨空にカーリーのまねきにあひて取るもの手につかず。ジーパンの破れをつづり、ライトの電池を入れ替えて、全身のツボを刺激するより、ヒマラヤの峰先づ心にかかりて、皆の衆に送られて日本を出たのが6月30日。あれから40日たったとさ。
<<近況>>
雨期の真只中にもかかわらず、ネパールのポカラではアンナプルナを拝んでおりましたが、そろそろインドへと思い腰をあげ、8月6日4時15分に起床して7:00のバスに乗り込みました。
せまいバスなのにシートは5人がけ。シートに座れない人は車内に立ち、車内が満杯になると屋根に鈴なりで乗客がぶらさがります。そんな中、ネパール人のおっさんの頭を半ズボンの太ももに感じながら、20:00すぎにインド=ネパールの国境の町についたのでした。
明けて8月7日。5時に起きて、歩いてネパール側のイミグレーション・オフィスへ。
ここはなんなくクリアしインド側のイミグレーションへ向かいます。このときにすでに8:30。
インドのボーダーからバラナシ(ベナレス)行きのバスは9時に出る予定で、僕はすでに予約もし、切符ももっていました。で、インド側のオフィスでパスポートを出すと、奥の部屋へと通されました。カトマンズでインドのVISAを取っていましたので、何の問題もないと思った僕は、インドを甘く見ていたよーです。
ハゲ頭のインドの役人は、僕のパスポートをもて遊びながら、「これからパスポートの照合を行う」と言います。
見ると、オッサンの手元にはぶ厚いリストが3,4冊並んでいます。「こんだけのリストと照合するんだから、2,3時間はかかるなあ」などと言います。
「でも、僕のパスポートもVISAも何の問題も有りませんし、バスが9時に発車するんです。」「じゃあ、遅れるしかないぁ」このへんでもう、ピンときたのですが、おっさんの次の言葉は「私にバクシーシ(お恵み)をくれれば君は通れる。」でした。
その時、僕がもっていた現金はネパール・ルピーが1ルピーとUSドルが50ドル。
クソたれ!と思いながら「僕はネパール1ルピーとUS10ドルしか持っていないんです。10ドルでお願いします。」とゆーと、「少なすぎるがなぁー」と渋りながら、バンと入国のハンコを押し、「お前は幸せだなー」と言ったのでした。
2007年の今からみると、オレも若かったなあ。
あのときインド国境で取られたお金、インド投資のHSBCインドオープンでとり返させていただきます。
そして2007年7月。
HSBCインドオープンのパフォーマンスは、
評価損益[円]55,101
評価損益率 +25.45 %
国境で取られたお金は十分は利子がついて戻ってきました。
このあと下がりましたけど、まだまだインド投資は続けます。
またいつかいきたい。インドがどう変わったを見てみたい。
追記
そして2008年10月。含み益はふきとび、損失拡大中でござい。
やっぱりインドは甘くないよなあ。
ところが2009年6月。選挙が終わって、インド株は再び急上昇中。びっくり。
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